NPO法人キーデザイン「不登校離職実態調査2026」全国1,234件 報告
朝6時半。子どもの部屋のドアを、またノックする。
返事はない。昨日も、一昨日も、そうだった。
「今日はどうする?」と声をかけながら、頭の中ではもう別の計算が始まっている。今日の会議は何時からか。遅刻するとしたら上司にどう伝えるか。一人で留守番させても大丈夫か。学校から電話が来たら、どこで取れるか。
子どもを心配する気持ちと、仕事への責任感と、職場への罪悪感が、毎朝同じ時間にぶつかり合う。それが何週間も、何ヶ月も続いている。
不登校の子どもを持つ保護者の「朝」は、多くの人が想像するよりずっと、複雑で重たい。
Contents
まず知ってほしい—不登校は、今どれほどの規模か
この記事を読み始めたとき、「不登校」と聞いてどんなイメージを持っているでしょうか。「一部の子どもの問題」「特別な事情がある家庭の話」—そう感じている方もいるかもしれません。しかし、数字はまったく別の現実を示しています。
文部科学省が2025年10月に発表した「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば、小・中学校で年間30日以上欠席した「長期欠席」の児童生徒数は50万6,970人。そのうち、病気や経済的理由以外で学校を休んでいる「不登校」の児童生徒数は35万3,970人で、過去最多を記録し12年連続で増加しています。高校でも6万7,782人が不登校状態にあります。
クラス35人のうち、1〜2人は不登校または長期欠席状態にある計算です。
「不登校」という言葉は、文部科学省の定義では「年間30日以上欠席した児童生徒のうち、病気や経済的な理由によらないもの」を指します。ただし、「行き渋り」(登校をしぶるが最終的に行く状態)や、体調不良を理由に欠席が多い子どもはこの数字に含まれないため、実際に学校との関係に困難を抱える子どもの数は、これをはるかに超えると見られています。
「不登校離職」の可能性がある人数—試算
では、こうした長期欠席・不登校の子どもを持つ保護者が、仕事にどれほどの影響を受けているのか。文科省データをもとに、NPO法人キーデザインが実施した「不登校離職実態調査2026」の結果を掛け合わせて試算してみます。

小・中学校の長期欠席者約51万人と高校の不登校約6.8万人を合わせると、学校との関係に困難を抱える子どもは小中高で約58万人以上。これらの家庭に就労する保護者(主に母親)が少なくとも1名いると仮定すると、影響を受けている就労保護者はおよそ50万人以上と推計されます(共働き家庭ではさらに多くなります)。
今回の調査で「実際に退職した」と答えた母親は約20%でした。この割合を国全体の長期欠席者数に適用すると、現在、不登校・長期欠席をきっかけに離職した、または離職を検討している保護者は全国で10万人規模に上る可能性があります。
「仕事に何らかの影響があった」保護者は95.4%に達することを考えると、仕事への支障を抱えながら今日も働き続けている保護者は、推計40〜50万人規模かもしれません。
これは一家庭の話ではありません。どんな職場にも、どんな地域にも、今この問題を抱えながら黙って働いている人がいる—そのことを、まず知ってほしいのです。
※本試算は調査回答の比率を長期欠席者数に当てはめた推計であり、実態を保証するものではありません。
数字になった「見えない苦しさ」
NPO法人キーデザインは2026年、不登校・行き渋りを経験した子どもの保護者を対象に「不登校離職実態調査2026」を実施しました。全国46都道府県から寄せられた1,234件の回答は、これまで「個人の問題」「家庭の問題」として見えにくかった現実を、初めて1,000件を超えて大規模に数値化したものです。
今回の調査が明らかにしたのは、「不登校離職」という社会課題の輪郭です。
「辞めたかった」のではなく、「辞めざるを得なかった」
まず、最も衝撃的な数字から見てみましょう。

不登校・行き渋りをきっかけに実際に退職した母親は19.93%。5人に1人が仕事を手放していました。
一方、父親の退職はわずか8件、0.67%。同じ家庭の、同じ出来事に直面しながら、退職率には約30倍の差が生じています。この数字が示しているのは、子どもの不登校対応の負担が依然として母親に著しく集中しているという現実です。
退職した保護者に当時の気持ちを自由に書いてもらいました。そこから見えてきたのは、「仕事を辞めたかった」という人ではなく、「辞めざるを得なかった」という人たちの姿でした。
「やっと手に入れた自分の居場所を手放すような、かなしい気持ちでした」
「仕事を続けたかったが、子どもの状態的に一人にできなかった」
保護者にとって仕事は、収入だけではありません。社会とのつながりであり、自分の役割であり、自分らしさを保つ場所でもある。それを手放すことには、大きな喪失感が伴います。
「働いていない間、自分が社会の役に立たず、取り残されたような空虚感がありました」
「子どもだけでなく、自分自身も社会とのつながりがなくなり、孤立し、収入も減り、途方に暮れました」
子どものために離職を選んだはずなのに、気がつけば「自分」も失っていく。この二重の喪失が、多くの保護者を深く傷つけています。
「続けている人」も限界の手前にいる
退職した人だけが苦しんでいるのではありません。

仕事を続けながら不登校に対応している保護者のうち、両立が「やや大変」「かなり大変」「非常に困難」だったと答えた人は95.4%(回答数1,032件中985件)。さらに、「仕事を辞めたいと思ったことがある」という人も84.1%(就労者1,066人中)にのぼっています。
職場での具体的な影響(複数回答)を見ると、影響が最も多かったのは「遅刻・早退・欠勤が増えた」434件。次いで「勤務中も子どものことが気になり集中しづらくなった」332件、「有給休暇の取得が増えた」219件、「シフトや勤務日数を減らした」173件、「勤務時間を短縮した(時短勤務)」173件、「一時的に休職した」107件と続きます。
「実際に退職した」241件を含めると、働いていた保護者のほぼ全員が、何らかの形でキャリアや働き方に影響を受けていることになります。
午前中だけ遅刻して出社する。午後イチで早退する。「子どもの体調不良」という言葉で毎週のように有給を使う—。職場の人にどこまで話せばいいかわからない、話したら迷惑をかけると思っている、でも内情を隠したまま働き続けることも限界に近い。そんな保護者が、あなたの職場にもいるかもしれません。
心と体が悲鳴をあげている
数字が示す苦しさは、心身にもあらわれています。
母親の心身への影響を尋ねたところ、93.9%が「継続的なストレスや不安」「日常生活に支障が出るほどの負担」「心身の不調(不眠・体調不良など)」「医療機関の受診が必要な状態」のいずれかに該当していました。
保護者が抱えているのは、仕事のストレスだけではありません。子どもの状況として「死にたい・消えたい」という発言があったとする回答が481件、自傷行為があったとする回答が190件に上りました。
わが子が「消えたい」と言う。その言葉を受け止めながら、翌朝には職場に向かう。その重さを、想像してみてほしいのです。
保護者は、子どものこうした深刻な状態を間近で見ながら、学校との連絡・支援機関の調査・仕事のやりくりを、ほとんど一人で担っています。誰かに頼りたくても、「不登校の子どもがいる」と周囲に言うことへの躊躇がある。「なんで学校に行かせられないの」と思われるのではないかという恐れがある。そうした孤立の中で、心身が限界を超えていく保護者が少なくありません。
退職の前に、3ヶ月以上があった—職場は「最後の接点」だった
重要な事実があります。

今回の調査では、休職または退職した保護者のうち、子どもの不登校・行き渋りが始まってから3ヶ月以上就労を継続していた方が過半数を超え、半年以上継続していた方も多数を占めていたことがわかっています。
つまり、退職という結果が出るまでの間に、数ヶ月もの時間があったということです。
その期間、保護者は職場に来ていました。チームのミーティングにも出ていた。仕事をこなしていた。そして、誰にも言えないまま、一人で抱えていた——あるいは、言ったけれど何も変わらなかった。
「今週だけ乗り切れば」「来月になれば落ち着くかもしれない」。そう思いながら、有給を切り崩し、遅刻の連絡を入れ続け、「迷惑をかけている」という感覚だけを積み重ねていく。数ヶ月にわたる長い「助けを求められなかった時間」の果てに、退職という選択が訪れるのです。
この数ヶ月が示していることは、何でしょうか。
職場は、退職という結果が出るまで、保護者にとっての「最後の接点」だったということです。
地域とのつながりは薄れ、学校との関係は複雑になり、子どもと家の中で過ごす時間が増える中で、「職場に行くこと」は保護者にとって唯一残された社会とのつながりであることが少なくありません。その期間に職場の誰かが気づき、声をかけ、「こういう相談窓口があるよ」と一言伝えられたとしたら——退職という結果は、変わっていたかもしれない。
そして、ここで立ち止まって考えてほしいことがあります。
保護者が職場でつながっていたその3ヶ月、半年の間に、子どもは「死にたい・消えたい」と言っていたかもしれない。自傷していたかもしれない。今回の調査では、481件の「死にたい・消えたい」という発言、190件の自傷行為が報告されています。
保護者が職場で孤立せず、働き方を少し柔軟にしてもらい、相談先につながることができていたなら——その余裕が、子どもの危機に気づく力になっていたかもしれない。外部の支援機関を探す時間を生み出していたかもしれない。
企業の支援は、離職を防ぐだけではありません。追い詰められた保護者を救い、その先にいる子どもの人生にまで届く可能性がある。 数ヶ月という時間の中に、その機会は確かに存在していたのです。
収入は減り、支出は増える—家計への二重打撃
保護者が追い詰められる理由には、経済的な問題も深くかかわっています。
不登校・行き渋りの影響で「収入が減った/一時的に減った」と回答した家庭は50.3%。同時に、「支出が増えた/一時的に増えた」家庭は79.7%にのぼっています。

支出増の主な内訳は、フリースクールの利用料、カウンセリング費用、医療費、子どもが在宅になることで増える光熱費や食費など。学校の代わりに安心できる居場所を求めれば求めるほど、出費がかさんでいく。しかし収入は、働き方を変えざるを得ないことで同時に減っていく。
「子どもを支えたい」という思いが、家庭を経済的に追い詰めていく構造が、ここにあります。
収入減×支出増という「二重の経済的打撃」は、家庭の安定の土台を揺さぶります。離職によってキャリアが途絶えれば、子どもが学校に戻れるようになったあとも、元の働き方に戻れない保護者も多くいます。
離職を防げた可能性—職場に求めること
退職した保護者に「どのような支えや環境があれば仕事と両立しやすかったか」を尋ねると、以下の回答が集まりました。

- 柔軟な勤務時間 151件
- 休みを取りやすい環境 140件
- 在宅勤務・リモート勤務 133件
- 経済的支援 129件
- 配偶者・家族の協力 119件
- 職場の理解 103件
- 上司に相談しやすい雰囲気 69件
上位に並ぶのは、特別な制度ではありません。急な欠勤を責めない空気、テレワークの選択肢、上司に正直に話せる環境—「ある会社には普通にある」ことが、「ない会社では離職の引き金になっている」のです。
介護や育児と同じように、「不登校家庭への配慮」は、これからの職場に求められる視点です。従業員が家庭の危機に直面したとき、それを一人で抱え込まずに済む職場環境をつくることは、人材の定着という観点からも企業にとって重要な課題です。
社会とメディアへ—「不登校離職」を名前のある問題として
今回の調査が目指したのは「不登校離職」という現象を世の中にひろく知ってもらうことです。
名前のない問題、また知られていない問題は、そもそも対策が立てられない。「なんとなく大変そう」「子どもがいたら仕方ない」で済まされてしまう。この調査は、全国1,234人の声を束ねることで、それを「社会が対処すべき課題」として輪郭づけようとしています。
不登校の子どもを持つ保護者は、今この瞬間も日本中のあらゆる職場・地域に存在しています。その人たちが孤立しないために。仕事を続けられるために。キャリアをあきらめなくて済む社会のために。
メディアがこの問題を取り上げ、企業が制度を見直し、行政が支援の枠組みを広げ、地域が「おたがいさま」の文化を育てていく—それぞれの立場でできることが、必ずあります。
「不登校離職」は、一部の家庭の話ではありません。日本社会全体の問題として、ともに向き合ってほしいのです。
NPO法人キーデザイン 代表理事 土橋優平 コメント

子どもが不登校になったとき、保護者は「学校に行くかどうか」だけでなく、家庭、仕事、家計、そして自分自身の心のケアまで、同時に抱えることになります。今回、全国46都道府県から1,234件の声が集まったことで、この課題が決して一部の家庭だけのものではなく、社会全体で向き合うべきテーマであることが、より明確になりました。
私たちが目指したいのは、子どもが苦しいときに、そのそばにいる親まで仕事をあきらめなければならない社会ではありません。職場の理解、柔軟な働き方、相談できる環境、地域の支え合いを広げていく必要があります。今回の調査結果を、企業・行政・学校・支援機関と共有しながら、具体的な仕組みづくりにつなげていきたいと考えています。
不登校ポータルサイト「たより」では、栃木県内のフリースクール・通信制高校・親の会・相談窓口などを無料で紹介しています。もし周りに困っている親子がいたら、ぜひ「たより」を教えてあげてください。
調査概要
調査名:不登校離職実態調査2026 / 実施:NPO法人キーデザイン(栃木県宇都宮市)
調査期間:2026年4月24日〜2026年5月2日
回答数:1,234件
調査方法:Googleフォームによるオンラインアンケート
調査対象:不登校・行き渋りを経験した子どもの保護者(全国46都道府県)
※本調査はLINE相談窓口やSNS等を通じて回答を募集したものであり、無作為抽出による調査ではありません。
文中の引用はすべて「不登校離職実態調査2026」(NPO法人キーデザイン)への自由記述回答より











