ある朝、子どもが「今日は、行きたくない」と言った。
その瞬間、多くの保護者の頭には、二つの不安が同時に浮かびます。「この子は大丈夫だろうか」という不安と「今日、会社にどう連絡しよう」という不安です。
最初は「今日だけ」のはずでした。でも、その「今日だけ」が一週間になり、ひと月になっていく。そしてある日ふと気づくのです。「このままでは、仕事を続けられないかもしれない」と。

NPO法人キーデザインが2026年に実施した「不登校離職実態調査2026」(全国1,234件回答)では、不登校・行き渋りをきっかけに実際に退職した母親は22.87%、5人に1人以上にのぼりました。「仕事に何らかの影響があった」保護者は95.4%、「仕事を辞めたいと思ったことがある」人も84.1%に達しています。
一方で、退職した保護者に「どのような支えや環境があれば、仕事と両立しやすかったか」を尋ねたところ、「柔軟な勤務時間」151件、「休みを取りやすい環境」140件という回答が上位を占めました。裏を返せば、多くの方が使える制度を知らないまま、あるいは気づかないまま、離職という選択にたどり着いていた可能性がある、ということです。
今回は、そうした「知らないまま」を少しでも減らすために、あまり知られていない——しかし条件を満たせば不登校の子どもにも使える可能性がある「介護休業」という制度について、お伝えします。
「介護」という言葉に、身構えなくて大丈夫です
「介護休業」と聞くと、多くの方が高齢の親の介護をイメージするかもしれません。実は、この制度の対象となる家族には「子」も含まれており、年齢の上限はありません。
制度の利用には、お子さんの状態が、厚生労働省の定める「常時介護を必要とする状態」の基準に該当している必要があります。目安は「2週間以上にわたり、常時介護(歩行・排泄・食事など日常生活に必要な便宜の供与)を必要とする状態」で、不登校というだけで自動的に対象になるわけではありませんが、心身の状態によっては該当するケースがあります。
たとえば
- 親以外との意思疎通が難しく、強い対人恐怖がある
- 強い不安や怒りで暴走し、物を壊したり衣服を破いたりする
- 急な予定変更や環境の変化に対応できずパニックになる
- 自傷行為などで保護者の見守りが欠かせない

こうしたケースが要件として認められるケースがあります。あくまでこれは例えです。これに該当しないケースでも、まずは相談してみるということが大切です。
重要なのは、この状態にあたるかどうかを最終的に判断するのは、国ではなく「勤務先」だということです。つまり、まず声をかけるべき相手は、役所ではなく、職場の人事・労務担当者ということになります。
知っておいてほしい、5つのポイント
- 対象は正社員に限りません。
パート、アルバイト、契約社員でも、雇用保険に加入していれば対象になり得ます(勤続期間や労働日数などの要件はあります)。 - 診断書は必須ではありません。
会社によって求められる書類は異なりますが、「診断書がなければ申請できない」という制度ではありません。 - 休業前の給与の67%が支給される場合があります。
一定の要件を満たせば、雇用保険から介護休業給付金が支給されます(上限額あり)。 - 通算93日を、3回まで分けて取得できます。
一度にまとめて使い切る必要はなく、必要なタイミングに合わせて分割して使うことができます。 - 「就業規則に書いていないから使えない」とは限りません。
法律に定められた権利であり、就業規則に記載がなくても、原則として申し出ることができます(労使協定による例外はあります)。
※制度の詳細な要件や、実際に使えるかどうかの判断は、勤務先や社会保険労務士にご確認ください。申請の流れやツールは、記事末尾でご紹介する外部サイトでも詳しく解説されています。
「最初の数日」を、一人で抱え込まないでください
私たちがこれまで1,234件の声を伺ってきた中で、繰り返し見えてきたことがあります。それは、離職に至るまでの間に、実は「数ヶ月」という時間があったということです。今回の調査でも、休職・退職した保護者のうち、子どもの不登校・行き渋りが始まってから3ヶ月以上就労を継続していた方が5割を超えていたことがわかっています。(「不登校離職実態調査2026」NPO法人キーデザイン)

つまり、多くの保護者は、いきなり辞めたわけではありません。休みがちな日が続く中で、「今週だけ乗り切れば」「来月には落ち着くかもしれない」と、有給休暇を切り崩しながら、誰にも相談できないまま、少しずつ限界に近づいていったのです。
「介護休業」という制度が本当に力を発揮するのは、まさにこの初期の段階だと私たちは考えています。子どもが「学校に行きたくない」と言い出したごく初期に、「今の自分たちには、使える制度があるかもしれない」と知っているかどうかは、その後の数ヶ月の過ごし方を大きく左右します。
休みが続くと、「このままでは仕事を失うのではないか」という焦りが、保護者の心に生まれます。その焦りは、時に、目の前の子どもへの苛立ちというかたちで表れてしまうこともあります。それは、保護者の性格や愛情の問題ではありません。追い詰められた状況が、そうさせてしまうのです。
「働けなくなったのは、あなたのせいじゃない」という前提を守るために
もし、制度を知らないまま追い詰められた末に離職してしまうと、家庭の中に「子どもが学校に行けなかったから、親が仕事を失った」という因果関係だけが残ってしまうことがあります。
そうなると、子どもは「自分のせいだ」と思い込み、保護者も「自分がもっと頑張れていたら」と自分を責め続けてしまう。けれど、その因果関係は必ずしも「必然」ではありませんでした。使える制度を知り、周囲に頼ることができていれば、選べる道は他にもあったかもしれないのです。
「上司に話したら『そうだったのか、もっと早く言ってくれればよかった』と言われた。有給を使うたびに頭を下げたあの数ヶ月がはなんなのだったろうと思った。」
これは私たちの相談窓口に寄せられた声の一つです。だからこそ、私たちはこの情報を、少しでも早く届けたいと思っています。
93日間は、「学校に戻すため」の日数ではありません
もう一つ、大切にしてほしい考え方があります。介護休業として取得できる93日間は、「子どもを学校に戻すための93日間」ではない、ということです。
この期間の目的は、お子さんが安心できる居場所を探し、これからの生活の環境を整え、そして何より、子どもも保護者自身も、一度きちんと休むことにあります。学校に戻ることをゴールに設定してしまうと、休むこと自体に焦りや罪悪感がつきまとってしまいます。まずは、立ち止まって休むための時間として、この制度を捉えていただきたいのです。
まずは休むこと。そして余裕がある時には、現状を丁寧に聞き、一緒に今後の方針を考えてくれる人を探すことをお勧めします。子どもの状況、学校との関わり、家族内の関係性、親としての方針、子どもの得意不得意など、さまざまな観点から今後の方針を打ち立てる必要があります。1回の相談で終わらせようとせず、何度もやり取りを繰り返す中で見えてくる道筋もあります。「相談をする」ということにも疲労は付きまといます。無理せず、できる時に、できる範囲で進めていきましょう。

そして、この93日は一度に使い切る必要はなく、3回に分けて取得することができるというのも大きなポイントです。子どもの状態は、良くなったり、また揺り戻したりを繰り返すものです。保護者自身にも、お子さん自身にも、この先どうなるかは誰にも分かりません。だからこそ、「今は大丈夫そうだから一旦復帰し、また必要になったときに残りを使う」という選び方ができるのは、大きな安心材料になるはずです。
職場の理解が、離職を防ぐ最後の砦になる
今回の調査で挙げられた「離職を防げた可能性のある支えや環境」の上位には、柔軟な勤務時間(151件)、休みを取りやすい環境(140件)、在宅勤務・リモート勤務(133件)、そして職場の理解(103件)が並びました。
介護休業のような制度は、法律で保障された権利です。ただし、その利用可否を最終的に判断するのは、国ではなく勤務先です。だからこそ、働く保護者自身だけでなく、事業主や人事・労務の担当者にも、この制度が不登校家庭にも関わりうることを、知っておいていただきたいのです。
私たちは、企業と一緒にこの課題に取り組んでいます
不登校離職を防ぐために、私たちにできることは、情報を届けることだけではありません。NPO法人キーデザインは現在、有限会社坂田新聞店様、村井クリニック様、株式会社ハヤブサドットコム、株式会社ファンテクノロジー様など、複数の企業・医療機関とパートナー連携し、管理職・人事担当者向けの研修を実施しています。
キリンホールディングス様、村田機械様においても、従業員向けの研修等も実施し、一定の評価をいただいています。
これまでに研修を受けていただいた方々からは、5点満点中平均4.21、「大満足」「満足」を合わせて84.3%という評価をいただいています。「不登校離職」は、特別な一部の会社だけが取り組んでいることではありません。実際に、少しずつ、しかし着実に、理解のある職場が増えてきています。
あなたの職場にも、まだ気づいていないだけで、同じように「支えたい」と思っている上司や同僚がいるかもしれません。私たちは、そうした職場をこれからも一社ずつ増やしていきます。
NPO法人キーデザインが、伝え続けていること
私たちNPO法人キーデザイン(栃木県宇都宮市)は、不登校の子どもを持つ保護者の「仕事」と「暮らし」を守るために活動しています。2026年に実施した「不登校離職実態調査2026」では、全国46都道府県から1,234件の回答を集め、「不登校離職」という、これまで名前のなかった課題を数字として可視化してきました。

保護者向けのLINE相談窓口「お母さんのほけんしつ」は、完全無料で、何度でもご利用いただけます。回数の上限はありません。「仕事をどうすればいいか分からない」「使える制度があるのか知りたい」「ただ話を聞いてほしい」そんな一つひとつの声に、いつでも寄り添いながらお応えしています。また企業向けには、不登校離職のリスクを可視化するアンケート調査や、管理職向けの研修も提供し、働く保護者を支える職場づくりを、企業と一緒に進めています。
制度は知らなければ使えません。そして、知っていても一人で申し出るのは簡単なことではありません。だからこそ私たちは、保護者の方にも、企業の方にも、この情報を届け続けたいと思っています。
「休んでいい」を、選択肢の一つに
「介護休業」は、すべての不登校家庭に当てはまる制度ではありません。要件を満たすかどうかは、お子さんの状態や、勤務先の状況によって変わります。それでも、「そういう選択肢もある」と知っているだけで、追い詰められた気持ちに、少しだけ余白が生まれるのではないでしょうか。
仕事を続けることも、立ち止まって休むことも、どちらも間違いではありません。ただ一つだけ、覚えておいてほしいことがあります。どうか一人で抱え込まないでください。
制度のこと、職場への伝え方、あるいは「ただ話を聞いてほしい」そのどれもが相談していい理由になります。NPO法人キーデザインの「お母さんのほけんしつ」は、無料で、何度でも、あなたのタイミングで頼っていただける場所です。一人で頑張り続けなくていい。私たちは、いつでもここにいます。

NPO法人キーデザインの「お母さんのほけんしつ」
不登校の子を持つ保護者が、LINEで気軽に相談できる窓口です。
「仕事どうしよう」「制度が使えるか聞きたい」「話を聞いてほしいだけ」など、どんなご相談でも歓迎します。
Web:https://tayori.link/okaasannohokensitsu/
▼制度の詳細・申請に役立つツールはこちら
不登校とキャリアを考える情報サイトでも、介護休業の解説と申請ツールが紹介されています。
https://futoko-online.jp/futoko-kyugyo/
不登校ポータルサイト「たより」では、栃木県内のフリースクール・通信制高校・親の会・相談窓口などを無料で紹介しています。もし周りに困っている親子がいたら、ぜひ「たより」を教えてあげてください。
※制度の利用や給付には雇用保険の加入期間などの要件があり、お子さんの状態によって使える場合とそうでない場合があります。詳しくは上記リンク先、または勤務先・社会保険労務士にご確認ください。











